努力という言葉自体には目標を掲げ、そこに到達する為に心や身体を使ってつとめることという意味があるそうですが、人によって努力という言葉にポジティブなイメージ、ネガティブなイメージ、嫌悪感など様々なイメージがあると思います。
私たちが日頃使っている言葉にはそれぞれの経験から得た様々なイメージがくっついていて、大人になるにつれ沢山の言葉を使えるようになりましたが、実はその意味は曖昧なまま使っていることがとても多いと思います。
私はというと、努力という言葉を聞いてパッと浮かぶイメージは、ちょっと重さがある感じ。
その重さを感じるというのは努力しなさいと言われて嫌々頑張った経験や、弱音なんて吐いてちゃだめ!辛抱して乗り越える!みたいな昭和感溢れるバイブス、そして自分はまだ足りていないという不足感から何かを得なくてはいけないんだとか、もっと大きな自分にならなきゃとか、今のままではいけないのではないかというプレッシャーを感じるからかもしれません。
それはさておき、
アシュタンガヨガに努力は必要ですか?
私の答えはYES。
努力は必要です。
そう聞いた時の努力という言葉にはどんなイメージがあるでしょうか。
もっともっと頑張って練習して難しいポーズができるようになる?
多少無理をしてでももっと柔軟さと強さのある深いポーズができるようになる?
今の自分を変える為に何かを達成する、まだ手にしていない何かを手にいれる?
そういう努力でしょうか。
実はヨーガにおける努力というのは、体を鍛えたり難しいポーズができるようになることとは違います。
自分を変えて何者かに”なる”ためではなく、もともと私たちに備わっている静けさを発見するために心を”整える”という事です。
それはいつか自分自身の本当の美しさに気づくための大切な”準備”なのです。
もともとアーサナは単なるエクササイズではなく、体を使った祈りだと考えられています。
私たちの体は世界と関わる為に自然から与えられた大切な道具であり、ギフトです。
そして私たちはその体の所有者ではなく体を自然から借りているマネージャーだと言われます。
大切な体を感謝の心でお世話するのが私たちマネージャーの役目です。
無理をして多少体が痛くなってでも、一生懸命練習してできなかったアーサナができるようになったら達成感からの喜びを感じるかもしれません。でもその努力と喜びの奥には「今の自分ではダメだ。もっと立派な自分になりたい」というエゴが隠れているかもしれません。
そしてそのエゴは満足することを知りません。
体を痛めつけながらポーズを深めることは、預かり物である大切な道具を乱暴に扱うことと同じです。(大切に扱っていても思いがけず傷つけてしまうことはあると思いますが。)
大切な体を丁寧に扱うためにはちょうど良いところを見つける努力が必要です。
マネージャーとして感謝の心でお世話するという視点を忘れずにいられたら、努力はその方向に自然に向いていくと思います。
エゴを満足させることが目的ではなく、エゴを見極め、穏やかな心を育てていくことがヨーガの道です。
アーサナはその為の手段です。
アーサナを単なるエクササイズではなくヨーガの練習として行うには無理に筋肉を伸ばしたり体を鍛えることよりも、呼吸を整え、心を穏やかに保つための努力が必要です。
どこかに痛みがあれば無理はせずに、だけど何もしないのではなく、できる範囲で体を丁寧に動かしていく。
呼吸に意識を向け続け、過去の後悔や未来の心配、外へ向いている意識を自分の内側に優しく引き戻す練習を繰り返すことで、自分の心の手綱を握ることができるようになっていきます。
また、誰しもがアーサナに得意不得意があります。
そしてそれに伴い好き嫌いの反応が湧き出てきますが、その反応をただの「考えの動き」として客観的に見つめることで心にスペース(ゆとり)がうまれます。
思い通りにならないことも受け入れて、今の自分にはこれが必要なんだなと受け入れできることを実践していくということが、自分の好み振り回されない練習となっていきます。
その練習こそが心を穏やかに保つためにできる努力です。
ちなみに、今の自分を受け入れるというと
「じゃあ努力せず何もせずこのままで良いのか?」という疑問が浮かぶかもしれませんが、
そうではなく
今の自分の体や心の状態を自然そのものとして冷静に把握することです。
その上でマネージャーとして今自分にできることは何だろうと考えて行なっていくことです。
自然に対して、ここがダメだとかもっとこうあるべきだ、などと思いませんよね。
そのままを一旦受け入れて雨が降れば傘をさすし、日差しが強ければ帽子をかぶります。
自然を変えようとせずそのまま受け入れるのと同じように、私たちの体や心を変えようとせずに、体が硬く感じても、自分を責める考えが出てきても、私たちの体や心を変えようとせずそのまま受け入れることができたら私たちにもともと備わっている静けさに触れられるかもしれません。
私たちの今の状態というのは、大いなる自然の完璧な秩序に沿って結果として現れているもので、どうやらそこには何の間違いもないようです。
一緒に安心して進んでいきましょう。
今月はサットサンガのかわりに、大切なことを文章にしてみました。
次回ヨーガのお話クラスは3/22(日)です。