スタジオにはいくつかの鉢植えがあって、
それらのほとんどがお祝いなどに頂いたもので
大切に育てている。
いや、たいして手をかけていないから
育てているというより、育っていくのを見てるって感じか。
春~秋にかけてぐんぐん新しい芽、新しい葉をみせてくれた植物たちも、
冬の間はエネルギーを内に閉じ込め静かに寒さに耐えながら
春を待っているかのよう。
つやつやとした美しい葉っぱのモンステラ。
同じようでいて、みんな違う。
割れ目があるのも、割れ目がないのも、半分だけ割れてるのも
色も大きさも色々で面白い。
こっちの葉の方がきれいだな、などというのは
人間が勝手に言っていることで、
本人たちは
俺もお前みたいにがっつり割れてみてぇなー。
なんてことは考えちゃいない。(と、思う。)
それぞれ持って生まれた形のままで
太陽を浴びて伸びていくだけ。
どの葉もそれぞれ美しい。
完全な存在だ。
自然の一部というにはおこがましいような暮らしをしている私たち人間も
自然の一部であるとすれば、
やっぱり、みんなちがって、みんないい。
あれ、金子みすずの詩になっちゃった。笑
金子みすゞってば、さすがだよね。
アシュタンガヨガの練習を継続していくと、
誰しもが通る道、
(みんながみんなそうだとは思いませんが、こういう人多いのでは。)
自分はこのアーサナが苦手である。
(あの人たちは簡単そうにやっているのに。)
自分はここが硬いからどーのこーの。
(あの人たちはあんなに柔らかいのに。)
このアーサナができるようになるためにはどうしたらいいの?
(ネットで検索!はたまた苦手克服ワークショップに出てみよう!)
こんな風に無意識のうちに他人と自分を比べていませんか?
でもね。
人の体はみんなちがう。
感じていることも。
その違うもの同士で比べても意味がないんだよね。
その人の体でその人の感覚で得たその人だけの体験は、
体験談として語ることはできても
みんなも同じようになるよ、ということでは無い。
たとえば
私はヘッドスタンドで一人で立てるようになるまでに
このくらいの期間かかりました。
という話があったとする。
その人の体験がそのようなものであったというだけで、
もっと早く一人で立てるようになる人もいれば、
もっともっともっと時間が必要な人もいる。
そして、重要なのは
早く立てるようになることが”良い”ことなのではなく、
沢山の時間が必要なことが”悪い”ことなのでもない。
どちらもその人だけのかけがえのない経験であって
その人としての完全な状態であるということ。
ネットを開いてポーズの名前を検索窓に入れれば
色んな情報が出てくると思います。
でも、それを何時間見ても
自分の感覚は育たないし、自分の経験にはならないんだ。
それらを見れば見るほど
”できない自分”を大きくするだけ。
なんだよなぁ。
ヨガのアーサナに関しては苦手克服ワークショップ的なものも、
私は行く必要ないなぁって思う。
苦手なものにフォーカスしても、
結局のところ、できる、できない、への固執から抜け出せるわけじゃないと思うしね。
”できる”先生がどんなに美しいポーズを見せてくれたって
自分の感覚は育たないし、
この手のワークショップに行けば行くほど
これまた”できない自分”が大きくなっていくと思うんだよね。
エゴからの解放どころか
ますますエゴの餌食になっていく~
どうすればできるようになるの?
苦手を克服したい!
と思う気持ちの内側にはいつも
”できない自分”ってやつがいて、
こいつは外へ答えを求めれば求めるほど
大きくなっていく。
答えを自分自身に求めれば
”できない自分”も”できる自分も”いなくなって
そこには完全な存在としての自分がいるだけ。
あら、よくよく見たら私、足りてるじゃん。
大丈夫じゃん。
ってね^^
苦手と思っていたことが実は思い込みだったり
硬いと思っていたのも思い込みだったり、
自分はこのままで完全な存在なんだ、
そういう事に気づきはじめると、
すげー楽~~~
その手助けをしてくれるのが
アシュタンガヨガでいうところのトリスターナ。
呼吸、ドリスティ(目線)、アーサナ。
これをしっかり行うことで
意識を今に集中させて今の自分とつながることができる。
これはどんなに本を読んでも、どんなにネットサーフィンして
美しいアーサナの動画を見ても、
どれだけ沢山の有名な先生のワークショップに出ても、
自分の練習からしか手に入らないんだよね。
ヨガはダンスのように美しくなくっていいし
スポーツのように競わなくっていい。
隣の誰かと比べなくってもいいし、昨日の自分と比べなくっていい。
ただ、今の自分とつながって
自分がこんなにも満たされているって気づけたら、
それでいいじゃん。
なーんてことを思った土曜日の午後。
長々と書いちゃったけど
これも私の感覚、私の経験だから、
同じように思えなくてもいいんです。
みんなちがってみんないい。だからね!
それぞれの感覚、それぞれの体験を楽しも!
ではでは~
asa
本当に、自然はいつも大切なことを教えてくれるよねー。